七色遠景 -4ページ目

鉄格子

tuki






輪郭の霞んだ満月の夜

人目を避けて

階段を少し下りた

閉店した地下街の入り口で

キスをした


錆びた鉄格子の向こうには

眠っている街

鉄格子の中にいるのは

本当は わたしたち

惰眠


昼の日差しを


横たわる腰に

カーテンの隙間から白線みたいに浴びて

週末のテレビは途中で消すまで

羨ましい

羨ましい

と呟きながら

アルミ袋の中を探り最後の一切れを口に入れる


カーテンから射す夕陽が

赤いセロファンで覆った照明に

とても似ていた

講堂の演劇部の発表でそれを浴びていた時

舞台に登場する時の台詞

太陽は

太陽は

その先が

思い出せない


いつの間にか

夕陽までも

両の瞼を抜けてゆき

惰眠だけが甘く囁く

カーテンの向こうは深い闇

暗転

暗転


闇の扉


扉を開ければ闇の世界


闇の扉を開けると更に大きな闇の世界

扉を開けて扉を開けて扉を開けて

ビターチョコレートのような扉が

扉を開ければ開けるほど

夥しく重なり合って

開けるだけでも重いのに

開ければ またそこは闇の世界

闇の扉は苦くとろける

あの時蹲るわたしの前を

通り過ぎた少年がぺろりと舐めて

「これは食べられるものだね」と

あっけらかんとそう言った

その言葉を思い出して

蹲ったままのわたしは

闇の扉を貪り食べる

次の足音が聞こえるまで


孔雀の夜


光も音も時間もない闇の中

細い銀色のリップスティックを天辺まで捻り

桜色に唇を染めて

テーブルに一つだけ置かれた

遠い月みたいに光るライチを剥いて齧る

薄紅色のサテンのドレスで横たわり

ベッドに溢れる水を掬えば

白い指先に沁みる冷たさに

あの夜の記憶が蘇る

あなたが捨てたふたりの夜が

鮮やかな孔雀の羽根になって

スローモーションで

闇の宙から舞い降りる

手を広げるわたしに降り注ぐ

青と緑の天然色の

グラデーションで

暗闇に輝きながら舞い踊る


孔雀の羽根はそれでも一つも拾えず

この胸に受け止められないまま

光のない水面に 

浮かんでは流されてゆく

劣情の金魚が一匹

紅の花弁の尾を振って

ベッドの傍をしきりに泳ぎ回り

口を何度も開けているから

水に浮かんで色褪せた

孔雀の羽根を食べさせる

記憶の水に浸されたまま

ベッドが沈む夜が訪れるまで

わたしはここで横たわり

あなたの捨てた夜たちを

こうして拾い集めては

今宵も孔雀の夢を見る






“日常妄想絵本”のKyokoさま
朱夏さんの言葉たち。 という絵を描いてくださいました。

その絵からイメージして、更に詩を書かせていただきました。
イメージのイメージ、ですね。


東京で待ってて



カラフルな豆電球の果実たちは電池切れ


終電は大崎止まり


東京の街はもう眠る頃


総天然色の夜もエンドロール

フューシャピンクのリップは


始発前の朝陽を浴びた新宿高層ビル

このパフューム一吹きすれば


あの春の香り

新緑の代々木公園 飛沫光る噴水の前


あなたと笑って

ひっくり返りそうになった


新宿東口ではあなたを探せない

八重洲口はいつも冷たい


銀座のサブウェイは落ち着かない

青山は出口がない


池袋なんて問題外

渋谷のハチ公口前の


階段を下りるところで

待っていてよ


あなたの知らない街で

あなたの知らない白いブーツを買ったから


春にまだ間に合うように

履いていくわ


あなたの知らない街で

あなたの知らない白いブラウスを買ったけど


あなたの知らない誰かに貝のボタンを触られたから

やめておくわ

あの時ふざけて


手相を見てあげると

あなたの手を


触ったのはわたし

その手を握り返したのはあなた


深夜のファミレスで

白色電灯が賑やかなメニューを照らす


冴えない誘惑

それがふたりにはお似合い


終点は大崎止まり

たまには気の効く山手線

東京はここよりずっと

アンテナをみんなが立てているから


お喋りな人たちの洪水から

あなたをすぐには見つけられない


だから 

渋谷のハチ公口前の


階段を下りるところで

待っていてよ


すぐに行くから

着信音もあなたが好きな曲に戻して

新幹線に乗るわ


あなたの知らない誰かなんて


わたしも知らなかったように

会いに行くわ