七色遠景 -25ページ目
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犬小屋

鎖につながれた犬
犬小屋を飛び出ても
街角でぶつかった犬と吠えあって
街角でぶつかった犬と快楽を燃やし
そしてまた
逃げ出した道を辿り 犬小屋に戻る
首の鎖の跡も
気にならなくなった
今夜は とても落ち着くな
僕の犬小屋

魚になってゆく
今年の夏は
もっとも 魚に近づいている
人魚のように
陸にも上がれず
感情も持たず
痛点もない
むしろ 魚になってゆく
止まると呼吸できない魚のように
ただ 泳いでいる
時間の中を
カレンダーの日付の桝目をくぐるようにして
地上にも上がれず
人魚の歌声も持たずに
生きているだけの
魚になってゆく
感情を
呼び起こすスイッチは
どんなに 手探りしても もうない
魚になってゆく
泳ぐことに 今日も 意思はない

朝陽なんて
求めちゃいないんだ
何故こうも今日を照らす

夕陽なんて
望んじゃいないんだ
何故こうも君を照らす

朝陽の生まれた場所で
今見た夢をなぞってしゃがみ込んでいれば
希望が溶かされていく
まどろみと引き換えに

秋を待つ


この街の夜は当たり前のように星もない

ファミレスで目の前にポンと出る生水みたいな夜空

半袖が涼しいと肌を擦りながら

窮屈なサンダルで傷だらけの

足を休ませ

傍らで

老人が両手の中にラジオを包み

皺だらけの手を広げると

歓談する声が聴こえ

手を閉じると

また夜の街は静寂

老人は小鳥のように慈しみ

ラジオを手の中で

あけたり

とじたり

繰り返す

遠くで若者たちが棒きれ持って

車を叩いたり車道に出て暴れている

大分遅れてサイレン鳴らして警察が来る

「何やってるんだ、夏ならもう去っちまったよ」

こんな街にも季節は来て

こんな街にも季節は去る

ねえ、もうすぐ秋が帰って来るね

隣の老人は

わたしなんて気も留めず

ラジオを慈しむ

手の中で

あけたり

とじたり

秋が帰って来るんだよ

ねえ、秋が帰って来るんだってば

今年はどんな服で出迎えようか

どんな帽子を被ってようか

老人は

それでもラジオを慈しむ

こんなあり合わせの夜空の下の

大きな街にも

秋を待つ

ちいさなちいさな

わたしと老人


布団

夏がけと、シーツを新調しました。
ぐっすり眠れそう。

昔、ある俳優さんと付き合っていた女優さんが、
ゴミの日に布団を全部、マンションのゴミ捨て場に出していて
だからあの二人は別れたんだと報じていた。
捨てられた丸めてある布団の写真まで掲載されていた。
わたしはこの記事を書いたのは女性だろうなぁ、と思った。
そしてその俳優さんのカップルは、その後本当に別離が報じられた。

確かに女性ってそういうところに潔癖なのだと思う。
わたしも、昔、相手の部屋の布団が
わたしと付き合うちょっと前まで付き合っていた女性の匂いがついているみたいで
布団こそ変えられなかったけれど、
掛け布団カバーとシーツを
全部自分で買ったライトブルーのそれに交換したことがある。
今思えば、その人のこと、本当に好きだったんだろうな。
今はもう、自分の布団ですら、さして気にならなくなった。
もう、そんな風に
布団を変えたいくらい潔癖な女の子みたいな気持ちになることは
悲しいけど、ないのかもしれない。
なんて思いながら
肌触りのサラリとした夏がけを、スーパーから部屋まで運んできた。
子供の頃、お風呂上りにつけたべビーパウダーみたいに心地よい。
一人きりの部屋、一人きりの体温で、一人きりの匂い。
わたしのシャンプーと、
あまり知られてないブランドの香水の残り香。
他は何もない。
この布団の中は、自分だけが生きている匂い。



(2004.5.10)

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